大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(行コ)54号 判決

控訴人(原告) 田村武 外一三名

被控訴人(被告) 林野庁長官

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

「原判決中、控訴人らに関する部分を取消す。被控訴人が控訴人らに対し、昭和四六年八月七日付でした原判決添付官職等目録処分欄記載の各処分は、いずれもこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決。

2  被控訴人

主文同旨の判決。

二  当事者の主張

当審における控訴人らの主張(原判決摘示にかかる主張の補充)として、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示中の控訴人らに関する部分と同一であるから、これを引用する。

1  いわゆる勤務条件法定主義、財政民主々義の原則は、いずれも公務員の団体交渉権、争議権を制約する根拠とはなり得ない。けだし、憲法七三条四号は、「官吏」に関する事務が内閣の所管に属すること及びこの事務を処理する場合の一般的基準の設定が立法事項であることを、同法八三条は、行政権の作用としての国の財政処理が国会の監督下におかれることを、それぞれ明らかにしているにとどまり、各規定の文面上からも、公務員の団体行動権を否定する趣旨を読み取ることはできず、右各規定及びこれに関連する憲法上の諸規定が定めるいわゆる勤務条件法定主義、財政民主々義からの帰結は、「使用者としての政府」は憲法が定める権力分立の機構のもとで、国会の制定した法律にしたがい、予算による統制に服しながら、勤務条件に関する事務を処理するということ以上に出るものではないからである。

2  いわゆる勤務条件法定主義、財政民主々義の法理は、少くとも国有林労働者の団体交渉権、争議権を否定する根拠にはなり得ない。すなわち、国有林労働者は、「官吏」にはあたらないので、憲法七三条四号の適用はなく、その勤労条件に関する基準は、同法二七条二項による法律の規定に服するものである。しかも、国有林野事業については、国公法六三条一項、一般職の職員の給与に関する法律の適用がなく、給特法(国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法)が適用されるところ、同法四条、同施行令二条は、被控訴人に給与準則を定めることを委任しているが、実際には右給与準則は定められておらず、職員の賃金・給与は労働協約によつて定められているのである。もつとも、同法五条はいわゆる給与総額制を採用しているので、右協約の締結にあたつては予算による給与総額の制限があるようにも解されないではないが、予算については各項の移用、各目間の流用が認められ、予備費も計上され(財政法二四条、三三条)、予備費からの給与の支出も可能であるなどの点からして、右給与総額は賃金決定につき固定的、絶対的な枠とはなつていない。そのうえさらに、国有林労働者のうちの定員外職員については、給与総額制自体の適用がなく、その賃金は国有林野事業特別会計予算の歳出の項である国有林野事業費のうち、事務費(目)中の事業費から支出されているが、国会の議決の拘束力は項までであり、被控訴人は、業務費という目の範囲内で定員外職員の賃金を自由に決定し得る権限を有するからである。

3  わが国もすでに批准しているILO条約九八号は、その四条において「労働協約により雇用条件を規制する目的をもつて行う使用者又は使用者団体と労働者団体との間の自主的交渉のための手続の充分な発達及び利用を奨励し、且つ、促進するため、必要がある場合には、国内事情に適する措置を執らなければならない。」と定めているところ、その六条には「この条約は、公務員の地位を取り扱うものでなく、また、その権利又は分限に影響を及ぼすものと解してはならない。」との規定があるが、右にいう「公務員」とは「国の行政に従事する公務員」を指すものと解されILO諸機関も同趣旨の見解を示している事例が多いのである。そうすると、現業公務員は右の「公務員」に該当せず、公労法一七条一項が現業公務員に対し争議行為を一率全面的に禁止するものであるとすれば、それは右条約に違反し、憲法九八条二項に違反するものである。

4  本件争議行為の当時、公務員に対する争議行為の制約についてはいわゆる限定合憲論に立脚する東京中郵事件判決(最高裁昭和四一年一〇月二六日大法廷判決)、都教組事件判決(最高裁昭和四四年四月二日大法廷判決)などの判例下にあつたものであるところ、控訴人らは、各争議行為を実施するにあたり、それらの行為は要求の正当性、行動の規模、国民生活への影響等、いかなる観点からみても違法でないことを確信していたばかりでなく、その確信は右判例の示す客観的基準による合理的な裏付けに基づくものであつた。したがつて、本件処分は判例によつて形成された社会観念に反するものであり、処分権の濫用にわたるとの評価を免れないというべきである。

三  証拠関係〈省略〉

理由

当裁判所も、控訴人らの本訴請求はいずれも失当として排斥を免れない、と判断するものであつて、その理由は、左記に付加するほか、原判決の理由説示と同じ(ただし、原判決五六丁裏五行目の「位置し、」を「多く存在し、」と、五八丁裏二行目の「は不可能で」を「には制約が」と、各改め、六四丁表三行目の「(当時」から六行目冒頭の「い)」までと、六九丁裏一〇行目の「、その」から七〇丁表一行目の「となつ」までをいずれも削除する。)であるから、これを引用する。なお、当審における立証も右引用にかかる原判決の認定判断を左右するものではない。

1  公労法一七条一項が、現業公務員の争議行為を一率全面的に禁止する趣旨のものとして、憲法二八条に違反しないことは、すでに最高裁判所の確定した判例に属するに至つているというべきところ、原判決引用の名古屋中郵事件判決におけるこの点に関する説示の要旨は、〈1〉現業公務員も非現業公務員と同様、憲法八三条の財政民主々義に表われている議会制民主々義の原則上、国会の特別の委任のないかぎり、法律と予算の形でその勤務条件が決定されるべき特殊な憲法上の地位にある、〈2〉そのため、現業公務員に対しては、労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権も、その一環としての争議権も、共に憲法上当然に保証されているわけではない、〈3〉さらに、現業公務員の職務、業務は、利潤の追求を本来の目的とするものではなく、その労使関係には市場の抑制力が働かないため、そこでの争議権は適正な勤務条件を決定する機能を果すことができない、〈4〉また、現業公務員の職務には公共性があり、その停廃により国民生活に重大な支障を及ぼすおそれがある、〈5〉以上のような点を考慮すると、現業公務員の争議行為を一率全面的に禁止したとしても、不合理とはいえず、加えて右禁止に対応する仲裁などの代償措置も整備されているので、右禁止は憲法二八条に違反するとはいえない、というものである。そして、当裁判所も、最高裁判所が右に説示するところはいずれも正当であつて、これに従うのが相当であると考える。そこで、この見地にたつてみると、原判決事実中の「原告らの再抗弁」第一ないし第三項の主張及びそれを補充する趣旨の当審における主張はいずれも採用しがたいというべきであるが、控訴人らの主張に対応してその理由をさらにふえんすれば、前記引用にかかる原判決理由第四項の説示(原判決七九丁表一行目から八九丁表三行目まで)、並びに次記説示のとおりである。

(一)  控訴人らの当審における主張1の要点は、勤務条件法定主義と財政民主々義とに代表される議会制民主々義の法原理と団体交渉権保障の法原理とは二律背反の関係にはなく、両者は、〈1〉国会の定める勤務条件の大綱的基準のもとで、その具体化を団体交渉に委ねるという形で、或いは〈2〉国会の承認を求める勤務条件の原案の決定を団体交渉に委ねるという限度で、調和を図り得るのであるから、少くとも、その意味での団体交渉権は憲法上保障されている、などという結論を導くことにあるものと解される。しかしながら、憲法解釈上はそのような結論を導き得ず、右〈1〉、〈2〉のような制度を採用するかどうかは専ら国会の立法裁量に基づくことも前記名古屋中郵事件判決が詳細に説示するとおりである。したがつて、この点に関する控訴人らの主張は採用できない。

(二)  次に、控訴人らは、現業公務員は憲法七三条四号の「官吏」に該当しないと主張するが、同号にいう「官吏」は、その規定の趣旨からみて、内閣の統轄する職員、すなわち、行政部に属する国家公務員を指称するものであつて、現業公務員もこれに含まれると解されるから、控訴人らの右主張は、失当である。そして、国有林野事業に従事する現業公務員については、国公法中の給与に関する規定及び一般職の職員の給与に関する法律の適用はないが、これに代わる給特法が適用されるところ、同法には給与の決定基準(三条)が法定されているほか、給与基準(四条)、給与総額制(五条)などに関する規定が存在する。もつとも、そのうち給与総額制の規定は、定員外の職員については適用がないけれども、定員の内外を問わず、その賃金、給与は、国有林野事業特別会計法一一条一項により毎会計年度国会に提出し、議決を経た同特別会計の予算の範囲を超えて支出できないことはいうまでもないところである。なお、財政法二三条によれば、国会が議決する予算の歳出の区分は項までであり、原本の存在と成立につき争いのない甲第七三号証の一ないし六及び弁論の全趣旨によれば、前記特別会計の予算中、職員の賃金、給与は国有林野事業費という項に組み入れられているうえ、定員外職員の賃金については目の立てもなく、業務費(目)から支出されることが認められるが、国会に提出すべき右予算には、歳入歳出の予定計算書、当該年度の国有林野事業勘定の予定損益計算書及び予定貸借対照表等の添付が前記特別会計法一一条二項により義務付けられていることからすれば、定員外職員の賃金等も、少くとも、国会の審議の対象となり得ることは明らかである。してみると、国有林野事業に従事する現業公務員の賃金その他の勤務条件の決定は、勤務条件法定主義と財政民主々義に代表される議会制民主々義の制約に服し、国会の直接又は間接の判断を待たざるを得ず、それらの点に関する労使間の協定もその制限内でのみ機能し得るにすぎないというべきである。したがつて、当審における控訴人らの主張2は理由がない。

2  次いで、控訴人らの当審における主張3について判断する。ILO条約九八号六条の「公務員」の意義については、それが国又は地方公共団体等に任用されている公務員一般を指すのか、「国の行政に従事する公務員」に限定されるのか、解釈上の争いがあり、控訴人ら主張のように後者に限定されるとの解釈が定着しているものと認めるに足りる資料はない。のみならず、同条約は労働者の争議権に関するものでないことがその条文上明らかであるところ、公労法により、現業公務員等に対し、労働組合を結成し又は加入し、公共企業体等の管理運営事項を除いて、その勤務条件等について使用者と団体交渉をし、労働協約を締結する権利を認めるわが国の法制度は控訴人ら主張の前記条約四条の趣旨に適合するというべきである。したがつて、当審における控訴人らの主張3も理由がない。

3  最後に、解雇権、懲戒権濫用の主張を補充する趣旨の当審における控訴人らの主張4について検討するに、控訴人ら引用の最高裁判所判決は、公労法一七条一項或いは地方公務員法三七条一項に違反する争議行為について、(一率に)刑事制裁を課することの許否を論じたものであつて、それらの行為に関する民事責任、懲戒責任の存否を判断の対象としたものではないばかりでなく、それら判決の判文上は、刑事責任を問い得ない場合においても、民事責任、懲戒責任の追求は可能であることが示唆されているともみられるのであるから、右4の主張も失当というほかない。

以上によれば、原判決中、控訴人らの本訴各請求を棄却した部分は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がない。

よつて、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鰍澤健三 奥平守男 尾方滋)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例